子どものリクエストで伊坂幸太郎さんの「重力ピエロ」を借りて読みました。
遺伝子、ゴダール、ガンジーなどの話題が頻繁に出てきて、
知的好奇心をくすぐられるのが堪らない人には、
読み応えのあるお話だと思います。
でも、個人的には、ミステリーは楽しむためにあって欲しいというか、
お勉強タイムがなくても良かったかなあ・・と。
お話はお話として引き込まれる部分がなくっちゃつまらない。
どこか共感できたり、はっとする所があれば読んで良かったと思うものです。
ただ、この本、アマゾンレビューで見ても賛否がくっきり。
推奨する方の方が圧倒的に多いので私のは穿った考えかもしれません。
私は、このお話で、親が素晴らしすぎてフタをしてしまった部分を、
当事者である子が抱えなくてはならなくて、
そういうのどうよ?と思う根本の設定でダメでした。
人の気持ち、感情というどうにもならない部分にフタをして、
そこに理屈を当てはめるっていうのはどうしたって破綻をきたす。
その破綻のツケを誰が払うかというと、
最強の家族は最強のタグを組んで、
頻発する放火現場を辿ることになるのですが、
この間の数々のほのめかしが、
最後に、そういうことだったんだよん、と、出てきて、
すごい!と、なれば楽しめて、
な〜んだ。と、なれば、その逆という感じでした。

私はなんだ組(笑)さんで、
爽やかにたんたんとお話が進むストーリーの流れに、
利己的な行動に出る今の若い子の風潮を感じて、
小さくまとまったつまらなさや、
結局のところ自分(や身内)の非を排する姿勢に、
限りなく違和感があるというか・・
痛み、苦しみ、悩みを感じない状態を重力ピエロというなら、
人として、他の方法を探るべきだと思いました。
おばさんからみて、子どもっぽいと。

と、散々の感想ですが、
最近、タイプは違うにせよ、
傷を持つ人を主題にしたお話が目につくように思います。
苦しんでいたり、一歩踏み出せなかったり。
それが誰かや何かのきっかけで抜け出せたり、
ふっと前に進めたりするお話です。
そういうのが流行るのは、
きっと視聴者や読者になる人の中に、
それぞれの閉塞感やいろいろな思いが潜んでいて、
背中をそっと押して欲しい願望があるからじゃないかと思います。
私も時にそんなひとりです。
直接的に自分の悩みにはねかえることはなくても、
現実であれ、ノンフィクションであれ、
誰であれ、救われる思いを感じたいというか・・。

この作品も映画化されているほどなので、
ラストは何らかの救いになっているのかしら・・?
重力はさらに重くのしかかるようになったと思うのだけど・・。
上手く言えませんが、
トラン・アン・ユン監督が感じなさいと投げかけてくる温もりだとか、
西川美和監督が捨てたものじゃないと感じさせる人というものだとか、
そういえば、ぐるりのこと、の、自分をようやく受け入れられた穏やかさとか、
そういう感覚に近いものがあるのか、
それがちょっぴり気になっています。
自分にない感覚、違う感覚だからと言って知らん振りしていくのも、
自分を狭い世界、高重力の中に入れちゃうことかもしれません。
いつも自分の好きそうなものばかり読んだり見たりしているので、
少しいろいろなものに興味を向けようと思いました。